ことばと文化、いっしょに遊びましょう!!

言語文化の会は、ことばと文化に関する情報を提供します。そのなかで、ことばや文化と楽しく遊んでください。

Category [言語と文化、社会について思う。 ] 記事一覧

英語教育について考える(最終回)

 英語教育について考えるというテーマでいろいろ書きました。お読みいただきありがとうございました。これをもって最終回とさせていただきます。 これは、かなり前に書いた文章ですが。今も状況はそれほど大きくは変わらないと思います。  アムステルダムのホテルでテレビを見た。オランダ語の放送はもちろんあるが、アラブ系のチャンネルとイギリスのBBCのチャンネルがあった。眠いと思いながら見ていた。眠くて細部までよく...

英語教育について考える(27) 英語と日本語は語族が異なる。

 between は二つの物や人に用い、among は三つ以上に用いると中学生のときに勉強した。しかし、betweenのなかに two が隠れていることを先生は教えてくれなかった。この twi- は英語本来のゲルマン系の接頭辞であるが、ラテン語では bi- となり、ギリシャ語ではdi- となる。bi-については多少述べたので、ここではdi- の例を示したい。dialogue は「対話」のことだ。dilemma は「二つの提案」から「板ばさみ」となった。また、「二つの」...

英語教育について考える(23) 受験のための英語教育

 これは英語に限らないことですが、受験教育で私が一番悲しいと思うことは、人と人とがばらばらにされることです。受験のための勉強は一般的に個々人の問題です。生徒以上に、教師がそう思っています。受験を中心とした授業では、生徒はばらばらにされます。隣の子はライバルです。敵です。 しかし、実際の受験校においてはもっとすさまじい現実があります。それは、教師自身がばらばらの存在なのです。受験によって、教師間のつ...

英語教育について考える(21) 自己表現 (controlled composition)

 前にも述べましたように、英検2級以上の生徒で大学を目指そうとする子供なら、いわゆる和文英訳も意味があるかもしれませんし、本人たちも受験のためには、そのようなものを望むかもしれません。 その程度までいかない生徒に、受験向けの和文英訳は無理ですし、ますますやる気をなくすだけです。そこでずっと考えてきたことは「自己表現」です。こういうと、自由に英語を書かせればよいと誤解する方がみえるかもしれません。こ...

英語教育について考える(20) 英語学習のための最後の秘密機器

 これまでいろいろな発言をしながら、不謹慎だと思われる方もみえると思いますが、私はもう10年ほど前から英語教師がなくなればよいと考えています。英語教師の不必要な世界が来ることを切望してやみません。 10年ほど前に考えていたことは、自動翻訳のソフトができて、(当時であれば)それを携帯電話にいれ、常にそれを持ち歩き、簡単な会話なら、それで十分だという時代が来てほしいと考えていました。これができるようになれ...