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言語文化の会は、ことばと文化に関する情報を提供します。そのなかで、ことばや文化と楽しく遊んでください。

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英語教育について考える(最終回)

 英語教育について考えるというテーマでいろいろ書きました。お読みいただきありがとうございました。これをもって最終回とさせていただきます。

 これは、かなり前に書いた文章ですが。今も状況はそれほど大きくは変わらないと思います。

 アムステルダムのホテルでテレビを見た。オランダ語の放送はもちろんあるが、アラブ系のチャンネルとイギリスのBBCのチャンネルがあった。眠いと思いながら見ていた。眠くて細部までよく分からなかったが、BBCの番組の1つは第2次世界大戦中のビルマ戦線に関するものであった。日本がどのように攻撃し、最終的には日本人をどう撃退したかを退役軍人の話を中心に構成したものだ。この番組の意図は明らかである。日本軍が負傷者も病人も無差別に皆殺ししたということを国民に伝えるものである。次の番組も同じようなもので、イギリス人捕虜の話しだ。捕虜生活のために、精神的に今でも苦しんでいる人物が、過去を振り返りタイに赴くというのである。そこで、捕虜時代に苦しめられた日本人通訳と再会する。その日本人は過去の過ちを悔い、今はタイで僧侶をしている。酷い拷問にあったという話をする。二人の会話のなかで最も印象的だったのは、そのイギリス人が「原爆が私の命を救った」という文句である。原爆の歴史的意味や位置づけは別として、戦争を戦ったイギリスの若者にとって、「原爆が私の命を救った」というのは紛れも無い実感であろう。これは何人も否定できない。しかし、そうした個人的実感と歴史的事実とはまったく別のものである。
 BBCがこれらの番組を制作する意味は絶大なものがある。イギリス国内だけではない。ヨーロッパ中の人々がこの番組を見る可能性があるということだ。ヨーロッパに来て、世界を日本人の視点からしか見ていなかったことがより明確になった。やはり、イギリス人の高年齢者のなかには明らかな反日感情がある。

松井須磨子の演じた劇 Kindle版

「私はただ私として生きていきたいと思うのです」: 松井須磨子の演じた劇 Kindle版

松井須磨子の演じた劇 Kindle版

 私は少し前に『生涯女優 栗原小巻』を発表しました。そのなかで、栗原小巻が女優松井須磨子を演じていることを知りました。その本を書く際に少しばかり須磨子について調べ驚かされたことがあります。それは、大正初期の時代に栗原小巻と同じくらい多くの女性を須磨子が演じているということです。その時代にもかかわらず、ノラに代表されるように西洋の女性を多く演じていることに強くこころを動かされました。同時に、須磨子が演じた劇や女性はどんなものであったか知りたいと思うようになりました。これが、本書を書きはじめた動機です。
 私は抱月についてまったく関心がありませんでした。抱月の写真はどれも貧相で学者然としたその姿はまったく魅力のないものです。しかし、少し考えればわかるように、彼女が演じた劇とは抱月が須磨子のために選択したものだということです。結局、須磨子の演じた劇の内容を探る必要から、彼の書いた評論や翻訳書を多数読むことになりました。そして、読めば読むほど、島村抱月の存在が大きくなってきました。学者としても美学に関する著作などもあり、評論や論評もするどく的確で、大学という象牙の塔にとどまることなく外の世界に出て果敢に挑戦をしているのです。ひょっとすると坪内逍遥を超すほどの演劇的センスを有した人物かもしれないということがわかってきました。抱月の大きさがわかればわかるほど、須磨子のように気の強い女が愛した理由が明かになってきました。すると、私のなかに不思議な感情が湧き上がってきました。それは、抱月に対する嫉妬に近い感情です。残念ながら、芸術座や須磨子が演じた劇は、完全に二人が創りあげた世界で、何人によっても崩すことができない聖域なのです。これが、私がこの本を書き終えた素直な感想です。
 本書の構成は二段階になっています。前段階は演劇界に入るまでで、その略歴が簡単に記されています。その後が本段で、年代順に須磨子が演じた劇名や劇場や劇の内容などが詳しく述べられています。その際に、抱月や場合によっては芸術座の事情や当時の演劇界における動向も踏まえて書かれています。また、当時の記述や批評家らの文章をなるべく優先し、私的意見を出来る限り控えました。それぞれの演劇の内容(時には劇作家)についてこれほど詳細に言及したものはいままでありません。この角度から、私は須磨子の実像を描きたいと思いましたし、ある程度はできたと自負しております。

英語教育について考える(27) 英語と日本語は語族が異なる。

 between は二つの物や人に用い、among は三つ以上に用いると中学生のときに勉強した。しかし、betweenのなかに two が隠れていることを先生は教えてくれなかった。この twi- は英語本来のゲルマン系の接頭辞であるが、ラテン語では bi- となり、ギリシャ語ではdi- となる。bi-については多少述べたので、ここではdi- の例を示したい。dialogue は「対話」のことだ。dilemma は「二つの提案」から「板ばさみ」となった。また、「二つの」の意味から「分離して」の意味が派生し、次の語が生まれた。divertは「分離して、向かう」の意味から「転換する」となった。また、divorce は「分離して、向きを変える」から「離婚」と意味が変化した。
 こうした印欧諸語における派生関係や語形成について、ヨーロッパの諸言語を話す人々はいろいろな形で自然に身につけている。だから、同じレベルのクラスで、aで始まる職業名をいいなさいといわれ、日本人は artist くらいしか思いつかないが、ヨーロッパの若者はいくつかの語彙を列記することができる。ロンドンの語学学校でよく聞く話しだが、ヨーロッパ諸国から来ている連中はでたらめでも英語を何とかしゃべるという。彼らは英語の文法などわからなくとも、自分たちの語彙から連想し英語の語彙に置き換えることが比較的容易にできる。しかし、日本人からすると、中学で勉強したような簡単な英文法がわからなくてなぜ英語が話せるか不思議でたまらない。この語族による決定的な違いが、英語を話すという実際的なレベルにおいて大きな役割を果たしていると、私には思えて仕方がない。同レベルにもかかわらず日本人がだめなのは、話しべただとか、日本人はシャイだとか、が決定的理由ではなさそうだ。(『ことばの万華鏡』より)

英語教育について考える(26)あなたは英語で話す話題をもっていますか?

 今日も少し前の話をします。

 ロンドンでドイツから来た若者と話す機会を得た。彼はサム(私のこと)もイギリスにいる間に靴を買えというのである。紳士靴ではなく、若者向けの靴を買って日本へ持って行けという。ドックマルテンの靴だ。もともと作業靴だったので不細工なほど頑丈な感じである。安いものでも40ポンドはするが、少女が好むブーツ式のものだと70ポンドの値がつく。リーボックだったら私も知っているが、ドックマルテンなど聞いたこともない。少なくとも1996年時点ではヨーロッパ中の若者に爆発的に人気があった。ユーゴから来た若い女性も知っていた。ブランド物を好むのは日本の若者だけではないと思い苦笑した。ヨーロッパの子供・若者なら誰でも知っているが、日本の若者はそんな名を聞いたこともない。
 私は英語を教える教師として、ふと、こんなことを考えた。ロンドンの語学学校にはヨーロッパ各地から若者が集まる。そこで学ぶ若者は間違っても気にせず英語を話す。しかし、驚くほど語彙力がない。あんなに単語を知らなくて、なぜ会話ができるのかと思ってしまう。彼らは日本人が考えるような会話をしているわけではない。乏しい語彙力で自己表現をしているにすぎない。ドイツ人にせよオランダ人にせよ、彼らの言語は英語と同種である。その学習が容易なことは事実であるが、見落とされやすい点はある。彼ら(特に若者)は同じ世界に生きている。同じ靴をはき同じドレスを着て、同じ番組や映画を見て、よく似た食べ物をたべている。これは、共通の話題を持っているというだ。彼らだったら靴の話で1時間は盛り上がるだろう。この共通の土俵で自分を表現し自己主張をするのだ。

英語教育について考える(25) VOAについて

今日は少し古い話からはじめます。

 当時でも中学校の英語の先生は、教室に大きなテープレコーダーを持ち込み、英米人が吹き込んだ教科書のテープを聞かせてくれた。英語の学習は、戦後生まれの私たちにとって夢の世界だった。英語の勉強を進めると、もっと多くの英語を聞きたいとか英語を話したいと思う。そんな気持ちは今の若い人たちも同じだろう。しかし、当時は、機械を通して英語を聞くこともままならぬ状況だった。テープレコーダーも個人が購入するにはとても高価なもので、今の価格でいうと15~20万円はしたと思う。それに、吹き込まれたテープがまた高い。当時はWilliam Clark という人が書いた口語英会話教科書やテープが人気だった。初級、中級、上級とわかれていたと思う。私もそのテープをよく聞いたものだ。驚いたことに、私の通っていた高等学校では、高校入学前に上級までテキストの英文をすべて覚えたという仲間もいた。
 大学へ入っても、英米人の授業はあったものの、英語が自由に聞ける状態ではなかった。日々刻々変わる世界情勢をつかめるような英語を聞きたいとみんなが思った。そこで、当時の学生がしたことはラジオを聴くことだった。それも短波放送を聴くのだ。今の若い人には短波といわれても、何のことだかわからないだろう。一般的なラジオの放送は中波だが、海外の放送を聞くには短波が必要だった。ただし、どんなラジオでも聞けるというのではない。それ専用のラジオでないとだめで、私はソニーのかなり高価なラジオを購入して聴いた。しかし、これがとても大変なことで、放送局の周波数がわかっていても、なかなか周波数があわなかったり、あったにしても雑音がひどい状態だった。でも、そんなことまでしても、生きた英語に触れることで、自分の新しい世界が開けると思ったものだ。
 今は生の英語が身の回りに溢れている。あまりにも多くあるので、そのありがたみに気付かないほどである。それらを使って多くのことを学ぶことができる。ここでは一つだけ生きた教材について話したい。VOAの教材である。
 VOAとは Voice of America の略である。1942年以来、ラジオを通じて放送していたが、今ではインターネット上でこれを聞くことができる。昔だったらラジオを通して聞くだけだったが、今はスクリプトを見ることもできる。VOAは英語を外国語として学ぶ世界の若者向けのラジオ番組である。だから、使われている英語は比較的簡単な単語や表現を用い、話し手もかなりゆっくり話す。英検の2級レベルで、日本の学生にはぴったりだと思う。ただし、これは単なる英語教育番組ではない。その時々の政治や経済や科学の話題も取り上げる。最新の話題があがっていて、それを聴くことができる。スクリプトをみて聴いたことを確認することもできる。是非、一度VOAのサイトに入って欲しい。新しい世界が広がる。
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